違和感の始まりから離婚までの記録 ⑥

別居・離婚のこと

揺れる心と、一人で育てる決意。

第三子をどうするのか。
私は毎日、そのことばかり考えていました。

海外の頼れる友達にも電話で相談しました。
彼女はとても親身に話を聞いてくれて、最後にこう言いました。

「私に聞くってことは、おろさないほうがいいって背中を押してほしいんだと思うよ」

その言葉を聞いたとき、胸が締めつけられるようでした。

宿った命。
本当は、おろすなんてできない。
でも私は、もういっぱいいっぱいだった。

悩みに悩んだ末に出した結論は――

「私は双子とこの子を、何が何でも一人で育ててみせる」

でした。

その決意をしてからは、
とにかく毎日をがむしゃらにこなしました。

価値観の違いだけでは説明できない“何か”

夫婦が離婚する理由の多くが「価値観の違い」だと言われます。
私も、実際そうだなと感じていました。

でも、価値観が違うのは当たり前。
だって他人同士なのだから。

だからこそ、
うまくやっていくにはコミュニケーションを取るしかない。

頭ではそうわかっているのに、
私たちはコミュニケーションが取れる状態ではありませんでした。

全てが元夫のせいだと言うつもりはありませんが、
私が歩み寄ってどうにかなる問題でもない、と感じていました。

思い返すと、私にもできることはあったと思います。
例えば反論したり、理不尽なことを言われたらはっきり伝える、など。

継続的にモラハラ被害にあっていると、
そういう当たり前のことができなくなってしまうんですよね。

何か言い返したら、何倍にもなって返ってくる。
怖い。
傷つきたくない。
何も言わないほうがまし。
自己防衛本能なのか、私が弱いだけなのか…

“夫婦”としてはうまくいかなくても、
“子どもを育てるパートナー”として割り切って続ける人もいますよね。

私も、子どもたちのためにそうするべきなのか、
何度も何度も考えました。

それでも頭から離れなかった言葉

この頃、よく頭に浮かんだ言葉があります。

“You only live once.”
“Life is short.”

私は本当にこのままでいいのか。
この状況に我慢し続けて、
人生を後悔しないのか。

双子のために耐えるべきなのか。
それとも、自分の人生を取り戻すべきなのか。
そしてそれが子供たちのためにもなるのではないか。

答えはまだ出ないまま、
私は揺れ続けていました。

それでも現実は容赦なく続いていく

お腹はどんどん大きくなる。
つわりで気持ち悪くても、双子の面倒は見ないといけない。
体温が高くてぼーっとする日も、やるべきことは山ほどある。

そんな中でも、元夫の態度は何も変わりませんでした。

私が妊娠中の体で必死にやっても、

「俺をイライラさせたいから、わざと適当にやってるんでしょ?」
「そんなに嫌なら頼まないよ」

と嫌味を言われる。

(“もう絶対はなには頼まない”と言いながら、結局また頼んでくる。
その矛盾した言葉に、いつも違和感を覚えていました。)

妊娠中はいつも眠くて、微熱が続いて、体が重い。
そんな中で私なりに頑張ってやったのに…と、心が痛みました。

双子のことを伝えた日のこと

双子も、毎週末のように元夫の手伝いをさせられていました。

ある日、私は意を決して言いました。

「双子がかわいそう」

元夫は心底驚いた顔をしていました。
本当に、“かわいそう”という発想がなかったようでした。

その表情を見たとき…
これが価値観の違いなのか、
そう思う私が間違っているのか、
それとも元夫が間違っているのか、

そういう判断力というか
自分の意見や発言に
自信を持つことができなくなっていました。

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